もうひとつの「DOOR」

□ スポンサー広告 □

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

にほんブログ村 小説ブログへ 人気ブログランキングへ←こちらもぽちっとお願いします(^^)

→ 「スポンサー広告」目次へ戻る
*    *    *

Information

□ くちなしの墓 第二部 □

くちなしの墓 (第二部) 1

 石鹸箱と濡れた手ぬぐいを入れた洗面器を抱えて、壮太は自分の部屋へと商店街を抜けて歩いていた。
朝から営業している銭湯があるのはありがたい。

7月の梅雨の晴れ間は、昼も過ぎれば蒸し暑さが増してくる。
しかし今日は、夕べ雨を降らせた雲がまだ空に残っており、湿気はあるものの涼しかった。
雨もやんだし、涼しい午前中のうちに、と買い物をする主婦達で商店街はそこそこにぎわっていたが、壮太の住むアパートのある一角は、まだ静かだった。

古い二階建てアパートの一階の端の部屋が、今の壮太の住まいである。

 一年半ほど前、祖母は眠っている間に脳溢血を起こして他界した。
足が弱ってほとんど寝たきりであったが、最後まで頭はしっかりしていた。
前の晩にも普通に壮太と話をし、眠りについて、そのまま目覚めることがなかった。

壮太は、祖母が生前に言っていたとおり家を売却し、祖父と同じ墓に祖母を入れてやり、手に入った金のほとんどを、寺に永代供養のために納めた。

ただ一つ、祖母の言いつけを守らなかったのは、「大学を卒業する」という事だった。

全てが片付いた後、壮太はずっと休んでいた大学に退学届けを出し、小夜子のいる街へ来て鉄工所の工員になった。
自分の父親も勤めていた鉄工所だ。

今は、小夜子が住み込みで働く居酒屋から、歩いて5分ほどのところにアパートを借りている。
六畳一間に小さな台所がついているだけの粗末な部屋だったが、朝から晩まで鉄工所で働き詰めの毎日なら、それでじゅうぶんだった。


 部屋に帰った壮太は、短パンからジーンズに履き替えると、また外へ出た。
商店街のおもちゃ屋に行くためだ。
今日は日曜日で、壮太も、そして小夜子の働く居酒屋も休みだ。そして、給料日の後なので懐が暖かい。

いつの間にか雨雲の切れ間から太陽が覗いており、歩いているだけでじっとりと汗が出てくる。
日曜日でも営業している定食屋で昼飯を済ませ、近所の子供たちがショーウィンドウに貼り付いているおもちゃ屋で、電池で動く列車とプラスチック製のレールのセットを買うと、ずっしりと重い箱を片腕に抱えて居酒屋「てつ」に向かった。

営業していれば、紺地に白の文字で「居酒屋てつ」と書かれた暖簾が出ているが、今日は曇りガラスの入った引き戸には「準備中」の札が下がっている。
人がいれば鍵がかかっていない事を知っている壮太が、「こんちわー」と声をかけながらガラガラと引き戸を開けると、中から焼き鳥のたれの匂いがぷん、と漂ってきた。

奥の厨房では、この店の主人が鍋に向かって何やらかき混ぜているところだった。
小夜子の亡くなった母の従兄弟であるこの男は、名前を「徹夫」と言い、この街の産業である「鉄」とかけて、店名を「てつ」としたらしい。
寡黙で愛想はあまり良くないが、実直な男だった。

「オヤジさん、休みなのに仕込みですか。」

壮太の問いかけに主人が答えるより早く、
「あら、壮太さん。来ていたの。」と、おかみさんが顔を出した。
厨房の更に奥には、この夫婦の住まいがある。

「貧乏ヒマなしだよ。」
そう言って笑うおかみさんは、主人の分までよくしゃべる。

しかし、そのぽんぽんとあけっぴろげな物言いが、時には荒くれ者の鉄工員を黙らせるほどであり、それが聞きたくて通ってくる常連客も多いのだ。

少々お節介なところもあるが、このおかみさんがしっかりと監視をしてくれているおかげで、酔って色目を使う客から小夜子は守られているのだった。
壮太ですらも、最初のうちは小夜子に近付こうとする男の一人だと思われて、あからさまに警戒されていたほどだ。

「小夜子さんなら、二階にいるよ。」

今でこそ、小夜子からの「幼馴染で、恋人の親友だった」という必死の説明をやっと受け入れて、部屋に上がることを許してくれるようになったが。

「ありがとう。今日は坊に土産を持ってきたんで。」

レジカウンターの後ろには、靴を脱いで二階へ上がる階段がある。
以前は、客が使うトイレがあり、廊下から襖を隔てた8畳間は酔って帰れなくなった客を泊まらせるのに使っていたが、現在は厨房の横にトイレを作ったので、二階は客の出入りは禁じられている。
それも、営業中は酔っ払いが上がっていかないようにおかみさんがしっかりと見張っている。

二階へ上がって8畳間の襖をノックすると、中から「はぁい」と小夜子の返事が返ってきた。
「俺だよ」と壮太が言うと、「どうぞ」と小夜子。
襖を開けようと手をかけると、ぱたぱたという足音と「そうたおいちゃんだ!」という声が聞こえ、中から襖が開けられた。

飛び出してきたのは、あと二ヶ月足らずで二歳半になろうかという小夜子の息子だった。
頬を赤く上気させて、もう一度「おいちゃん!」と叫んで、壮太の足にしがみつく。

「ハル坊、お土産だぞ。」
壮太が先ほど買ってきた箱を畳の上に置くと、「わーい」と歓声をあげて、早速子供は包み紙を剥がしにかかった。

洗濯物を畳んでいた小夜子が、
「ハルちゃん、良かったわねぇ。壮ちゃん、いつもごめんなさいね。」とニコニコしながら言う。

子供は、名前を「ハルキ」と名付けられた。もちろん小夜子が付けた名前である。
表向きは「春の初めの暖かな日に生まれたから」ということになっているが、こっそりと壮太に小夜子が話してくれたことがある。

「梶田君の名前は『啓貴(ひろたか)』だったでしょう?あの字は『ハルキ』とも読むことができるのよ。」

ハルキは、小夜子によく似ていた。
にっこりと笑ったときの口元や、色白な肌、今はまだ子供らしくぽっちゃりとしているが顎がすっととがっているところなどは、本当に母親譲りだ。
しかし、目だけは、完全に梶田のそれだった。
小夜子は二重まぶたではあるがどちらかというとすっきりとした目元なのに比べ、ハルキは二重の線がくっきりとして、くるりとした丸い目なのだ。
成長するにつれて、ますます梶田に似てくるように壮太には思えた。

小夜子は、赤ん坊だったハルキをおぶって仕事をし、ここまで育ててきた。
「てつ」の夫婦にも客達にも可愛がられ、人見知りも大きな病気もほとんどせずにすくすくと育ってきたハルキだった。
二歳を過ぎて、ちょこまかと自分で歩き回るようになり、「あれなあに?」「これなあに?」といつも目をくるくると動かして小夜子を質問攻めにするのだが、聞き分けもよく仕事の邪魔をすることもない子供だった。

豪快に包み紙を破って箱を開けたハルキは、がちゃがちゃとプラスチックのレールを畳の上にぶちまけると、底のほうに入っていた小さな箱をつかみあげた。

「しんかんしぇんだぁ!!」

歓声を上げると、小さな手でもどかしそうに中身を取り出した。
スイッチを入れれば電池で走る新幹線のミニチュアだが、ハルキは早速、畳のヘリを線路に見立てて、「ひかり、はっしゃしまぁす」と掛け声をかけて、「がたんごとん」と手で走らせ始めた。

「ハルちゃん、おじちゃんにお礼は言ったの?」

母親の問いかけに、あわてて新幹線を両手で持ちながら、「ありがとう」と子供特有の頭が重そうなおじぎをしてみせる。
何とも言えず愛らしかった。

「おい、ハル坊、せっかく線路もあるんだから、これをつなげて遊んでみろよ。」

壮太に言われてハルキは、バラバラの線路をがちゃがちゃとかき回してみるが、まだ小さく不器用な指先では上手くつなげられないようだ。
すぐにまた、新幹線は畳のヘリの線路を「がたんごとん」と走り始めた。

「しょうがないやつだなぁ。」

壮太は苦笑いをした。

母子二人が暮らす8畳間は、ロッカー箪笥と引き出しと古い卓袱台、あとは大きなダンボールがハルキのおもちゃ箱として置いてあるだけの殺風景な部屋だ。
そして、部屋に入った時から感じる甘い香りを部屋の中に満たしているのは、引き出しの上に置かれた梶田の遺影の前に活けてある、三輪ほどの花が美しく咲いたくちなしの枝だった。

壮太は、線香を一本立てて、梶田の遺影に軽く手を合わせた。
これは、この部屋に壮太が尋ねた時には必ず行われる儀式である。

「ありがとう、壮ちゃん。」
小夜子が礼を言うのも、いつもの通りだ。

そうしている間にも、ハルキは壁の柱に新幹線を走らせている。

「おいおい、すごいな。ハル坊の新幹線は縦に登ることもできるのか。」

見かねた壮太は、レールのセットをつないで、卓袱台のトンネルをくぐってぐるりと一周回れる線路をひいてやった。
新幹線のスイッチを入れて走らせると、ハルキは丸い目をさらに大きく見開いて、大喜びだった。

しばらくすると、おかみさんがお茶とお菓子を持って上がってきた。

これも、壮太が少し長居をすると必ずあることだ。
口に出しては言わないが、ハルキが昼寝でもしていたら若い男女が二人きりで部屋にいることになるのを警戒していることが、入ってくる時の表情から感じられる。

壮太はいつも、なるべく気にしていないふりをして、おかみさんとも気さくにおしゃべりをし、ハルキが眠そうになってきたりするとそそくさと部屋を出るのだった。

この日は、新しいおもちゃに興奮したハルキがいつまでもはしゃいでいたので、日が傾いてくるまで小夜子の部屋で過ごした。
おかみさんは、時々部屋を出て行くものの、またすぐに戻っては世間話をしていた。


それでも、壮太にとってこんな週末が、また次の日から灼熱の鉄工所で作業をするための活力になっていた。

こんなふうに、ずっと、小夜子たち母子を見守っていたい・・・。それが今の壮太の願いであり、幸せであった。


斜めに射す日差しの中、居酒屋「てつ」を後にした壮太はふと立ち止まり、母子の住む二階の部屋を振り返って見上げた。

梶田が死んでから今まで、あっという間だったような気もする。
しかし、この街に来てからは、仕事はキツイと言えどもゆったりと時が流れているような心持ちだった。

向き直って歩き出そうとすると、オレンジ色に照らされた道に自分の影が長く色濃く落ちていた。


「あれから3年か・・・。」

壮太は自分の心の中に密かに横たわる影を感じて、声に出してつぶやいた。


梶田の死から3年。


もうすぐ、あの男が出所してくる。


    (つづく)




← BACK         目次へ         NEXT →

やっと始まりました。「くちなしの墓」第二部。

いきなり長くてすみません(^^;

いやはや、この書き出しにやたらと苦労してしまいました。
一度半分ほど書き上げていたものを、白紙に戻して書き直したり・・・。

「濃緑の葉」から2年近くが経ちますので、説明が大変で(^^;

さぁ、やっとここまで書けまして、またここからが白紙になっておりますが・・・
がんばりまふ。

よろしくお付き合い願います。
関連記事

にほんブログ村 小説ブログへ 人気ブログランキングへ←こちらもぽちっとお願いします(^^)

→ 「くちなしの墓 第二部」目次へ戻る
*    *    *

Information

Date:2011/02/05
Trackback:0
Comment:12
Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

Comment

* No Title

ううう。ハル坊、かわいい。
壮太が小夜子たちのすぐそばにいて、見守ってくれてたことがとっても嬉しいです。

素敵な第1話です。
秋沙さんの文章の中には、ちゃんと生活感があって、それぞれに人生が感じられますよね。
すごく、その町、住居、空気が確立されてて。
目を光らせてるおかみさんも、いい感じです・笑

こうやって壮太は2年以上を過ごしてきたんだなあ。
ちゃんと自分で自分の思う道を歩いてるんですよね。
このまま、ゆっくり時間が・・・過ぎそうにないのが悲しい。
何だかすでに、悲しいです。
あの男の出所で、何か変わってしまうのか・・・・。

続きが待ち遠しくてたまりません。
2011/02/05 【lime】 URL #GCA3nAmE [編集] 

* No Title

貧しいながらも幸せな人生がまたも崩壊するわけですね。

不幸のスパイラルですね~。

それはそれとして、また書き出せたことを心からお喜び申し上げます。あの「書けないよ病」はしつこいですからねえ(笑)。
2011/02/05 【ポール・ブリッツ】 URL #0MyT0dLg [編集] 

* No Title

幸せな日常風景ですね。「普通」をきちんと描ける人は実は少ないので、秋沙さん、すごいなあとおもいます。
この、なんでもないことが幸せな日々がずっと続いてくれたらとおもうんですけど、そうはいかないんですよね……。
2011/02/05 【綾瀬】 URL #- 

* limeさんへ♪

ハル坊の可愛らしさ、伝わってますか~?
二歳くらいの子供って、どのくらいしゃべるっけ?どんなことができるっけ?って、たかだか5年位前にはうちのムスメもそのくらいだったというのに、思い出せなくて苦労しました(笑)。

この第一話がなかなか書けなくて悩んでいた時は、どうやって2年間を説明しようかということばかり考えていたんです。
だけど、いったん白紙に戻して、もう一度、この、壮太と小夜子が暮らす街がどんな街で、小夜子が世話になっている居酒屋の夫婦がどんな人で・・・と具体的に想像していったら、わりと自然に書きあがりました。

さて、またここからが書けておりませんが・・・。
困った時は、現代の坂木とKY辰巳にでも助けてもらうか(笑)
2011/02/06 【秋沙 】 URL #mQop/nM. [編集] 

* ポールさん♪

なんかね。
ここで、「めでたしめでたし」って終わってあげたいような気持ちにもなってきちゃいます。
心を鬼にしなければ・・・(^^;

「書けないよ病」はしつこいですね。
えぇ、ここから先がまた、一行も書けておりませんよ(^^;
2011/02/06 【秋沙 】 URL #mQop/nM. [編集] 

* 綾瀬さんへ♪

♪なんでもないようのことが~~幸せだったと思う~~~♪(^^;

なるほど、「普通」を書くのは確かに難しかったかも・・・。
でも、こういうなんでもない日常を書くのって、けっこう好きです。
いつまでもこんなふうに、小さな幸せを感じる日々を続けていて欲しいと思って、ついつい第一話が長くなっちゃいました。
このままでいてほしいあまり、先が書けません(言い訳)。
2011/02/06 【秋沙 】 URL #mQop/nM. [編集] 

* こんばんは^^

やっとゆっくり来れました!
「かなり進んでるかも・・・」と思い、ドキドキ死ながらの訪問でしたが(いや、それはそれで面白いんですけど・笑)、まだ始まったばかりで良かったですv-290

あの赤ちゃんだった子が、もう2歳になるんですね~。
しかも、何だか不穏な終わり方・・・・・・
梶田を死に追いやった男が出所して来るんですね。
これからが、いよいよ・・・なのかi-202


さっきlimeさんの所にもお邪魔させて頂いたんですが、本と、これからの展開が物凄く楽しみですe-266
2011/02/07 【】 URL #9dnUgMTg [編集] 

* 蘭さんへ♪

蘭さんがいらっしゃるまで、進まないで待っておりました(^^)
嘘を言いましたすみません。

なんかね、ここまで書いちゃったらもう、このまま幸せにしておいてやりたくなっちゃって(笑)

なんちゃって。

そうなんです。
梶田の死は悲劇の始まりでしかありません。(たぶん。予定では。)
2011/02/09 【秋沙 】 URL #mQop/nM. [編集] 

* No Title

うぅ・・・・
泣けるよぅ~
壮太、気がついているのかね。
自分の熱い思いを・・

しかし、おばさん!
おぼこじゃねえんだよ、男と一緒にいたっていいだろが、ウスラボケ!
全く・・・イラッとくる。

秋沙さん、そりゃねえべさ。
キスの一つくらいさせてあげなさいよ。
作者の意地悪!
キィーーーーーーv-412
2011/11/20 【ぴゆう】 URL #- 

* ぴゆうさんへ♪

壮太が自分の気持に気付くかどうか、というのが、結構このお話しの要になってるかもしれませんねぇ。

あははは、おかみさんに怒った人はぴゆうさんが初めてですわ!!(笑)
どうなんでしょうね、このくらいの時代の「おばさん」ってのは、まだまだこういう感じだったんじゃないかと思ったんですけど。
確かに小夜子はおぼこじゃないんですよねぇ(笑)(笑)。

キスの一つくらい・・・とは(^^;
いやぁ、思いつきませんでしたわ。
なんか・・・お話が終わる頃にはぴゆうさんに一発か二発、殴られるんじゃないかと、身の危険を覚え始めた作者であった・・・(^^;
2011/11/20 【秋沙 】 URL #mQop/nM. [編集] 

* No Title

…あれ?

なんだろ?

ハルキ君って陽とイメージが重なります。
目の描写が似ているせいかな?
ハルキ君もくるりと丸い二重のくっきりした目なんですよね…。

そういえば、知人の息子さんが「ハルト」君というのですが、その字は「陽人」なのですよ…。

ハルキ君ももしかして?いや、まさかねえ…^^;
2011/12/24 【有村司】 URL #- 

* 有村さんへ♪

あ、有村さん・・・
あなたはもしかして、エスパーですか(°°;)

いや~~~~~ん、有村さんが、他の皆様よりちょっと遅れてこのお話を読み始めてくれてよかった~~~(^^;

いや、もう、何も言えません(^^;
どうぞ、先を(ゆっくりとでいいですから)読んでいただければ・・・m(_ _)m
2011/12/24 【秋沙 】 URL #mQop/nM. [編集] 

コメントの投稿








 ブログ管理者以外には秘密にする

Trackback

TrackbackUrl:http://akisadoor.blog118.fc2.com/tb.php/83-c34057d6
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。